野乃あざみ・作
―19-
八(1)
案内されたのは、昔、忘年会で利用していた料亭の前庭だった。看板は架かったままだが、玄関の戸は閉め切られ、人の気配はない。とっくに廃業してしまっているのだ。
かつての駐車場にテントが張られ、真ん中に四角い鉄枠、そして周りには、パイプ椅子が並べられていた。
「ちょっと待ってくれんね。今、用意するけん」
そう言うと、田所はかいがいしく動き始めた。奥の方に引っ込んだと思ったら、真っ赤に起こした炭を入れた七輪を運んできて、鉄枠の中に、ドンと置いた。その上に大きな鉄の網を載せ、次に、牡蠣の入ったセメント袋を抱えて来る。殻つきの牡蠣を袋から取り出して網の上に並べ、飲み物も準備した。
「まあだ時期の始まりやけん、あんまり大きうなっとらんけど」と、すまなそうに言う。
「いやあ、そげんことなかよ。ご馳走になるだけで有難か。ところで、いつからこん仕事ばしよっとね」と、木村先生。
「もう、十年ぐらいになるかな? 今は、運送屋と仕蠣小屋の二刀流さ。タイラギはおらんごとなるし、アサリの養殖も、たいていはうまくいかん。そいでも、牡蠣だけは何とかなりよる。牡蠣は、濁った水からでも栄養ば取って、生きていくけんね」炭火の加減を見ながら、彼はそう答えた。
「あらあ!汚なか水ば吸うとるとに、食べても大丈夫かね?」と、木村先生は不安がる。田所は笑いながら、空いている左の手を振った。
「有機物の多かだけで、有害なもんは入っとらんけん、加熱すれば大丈夫。まあ、そいでも生食用は、何日かきれいか水につけてから出荷しよるけどね」そう言う間に、網の上の牡蠣が口を開け始めた。