人として対等であるために

 日本の公務員労働組合は全員加入制ではないので、入らないことも選択肢としてあり得ます。入っても入らなくても賃金や労働条件が同じであれば、上にたてつかずにおとなしくしていた方が評価もされやすく得のように思う方は少なくありません。たとえ馬車馬のように働かされたとしても、高望みをせずに与えられた条件で満足をしていれば、無事に定年まで過ごせるかもしれません。
 でもそれは民主主義の時代の働き方でしょうか? 日本国憲法はすべての人が平等であるとしていますが、このような働き方は雇う側に頭を下げ、その意を汲んで同調するものであり、本質において平等ではありません。雇う側に心まで支配されて生きていくのではなく、自分の考えを持ち、それを表明し、上の者とも対等に議論をして改善をしていく、そのことが民主主義の時代には必要です。
 自分は一人でも意見を言ってやっていけるという方はとても立派です。でも大きな改善をしていくためにはどうしても多数の力が必要です。またどうしても勇気が出せないという人もいます。そんな方も大勢が集まれば励まされ、勇気と元気を出すことができます。
 そういうことで組合は必要です。組合があり、組合に入っていることは、労働者が人として雇う側と対等になり得る第一歩です。