原水禁世界大会は1955年にはじまって以来、69年間続いています。きっかけは第五福竜丸の被爆でした。当初は、自民党から共産党まですべての政党と広範な諸団体が参加するものでしたが、やがて自民党系などが脱退し、1960年代には米英ソ主導の部分的核実験禁止条約に賛成する社会党とその関係諸団体が脱退しました。この条約は比較的容易な地上や水中での核実験を禁止するとともに、高度な技術を要する地下実験を容認するので、米英ソの核独占につながるとして世界的にも大きな批判がありました。社会党とその関係諸団体は「原水爆禁止日本国民会議(原水禁)」を結成し、「原水爆禁止世界大会」名で別の大会を開催。これをソ連が支持しました。その後、2つの大会は統一への努力もありましたが、いまだ統一できていません。
今年、原水禁主催の大会は約1000人が参加したそうです。原水協主催の参加者と合わせると2千数百人と倍近くになります。2つに分かれるよりも一緒にやった方が力を持つのは自明の理です。今ソ連は存在せず、部分的核実験禁止条約は包括的核実験禁止条約(CTBT)に発展して、法制上の矛盾は解消しています。原水禁はしばらく連合や旧民社党系の核禁会議などと共同の活動をしていたそうですが、今は決裂しているとのこと。原水協への原水禁の復帰と、世界大会の統一を強く呼びかけます。