野乃あざみ・作
―15-
六(2)
「あ、先生!お久しぶりです」と声をかけると、ニコニコしながら駆け寄って来る。身こなしの軽やかさは、とても八十代とは思えない。髪の毛が真っ白なのを除けば、昔とあまり変わらないようにさえ、見えた。
「どう?すぐ分かったやろ?途中の路はあんまり変わっとらんし」と言われても、返答に窮する。
「はあ、それはそうですけど、『学校』の跡は何もかもなくなってますね。これでは昔の姿がわからないですね。何で、こんなに変えてしまわうとかな?」
「いや、私は、体育館にしてもろてよかったって思うよ。空き家のまんまやったら、防火対策で電気や水道の点検もせんばいかん。無駄な手間とお金ば使うよりも、人の役に立つ施設に生まれ変わる方がよか」
「でも、ここに昔、学校があったっていう印に、記念碑くらい建ててもらってもよかとに」と言うと、記念碑はある、ということだった。それを三人で見に行こうと話している時に、大輔が車を降り、こちらに近づいてきた。
「あら、息子さん?そう言えばあんた、結婚して、何人も子供のおるとやろ?」
「はあ、二人おります。上の娘は東京で就職して、めったに帰りません。この子も福岡におるとですけど、今日は運転手として連れてきました」そう言うと、木村先生は大輔に話しかける。
「長崎からは遠かったやろう?こげん田舎にわざわざ来てもろうて、すまんやったね」
しかし、大輔は軽くうなずいただけで、口を開かない。
「分校でお世話になつた木村先生よ。挨拶しなさい」そう言っても、頭を下げて低い声で、ボノボツとつぶやくだけだ。知らない人と話すのは、苦手なのだ。しかし、私たちが移動し始めると、黙って後をついてきた。
体育館の奥にある格技場の裏を回って、そのままフェンス際まで進むと、「記念碑」は、そこにあった。どつしりとした自然石に「長崎県立諫早高校・高来分校跡地」と銘が刻まれ、台座の上に鎮座している。三メートルほど先に、「高来町立有明中学校跡地」と刻まれた、同じような碑が設置されていた。分校に校舎を提供してくれた「先輩」だ。こんな奥まった場所に置かなくてもいいのに。記念碑の扱いまで雑な扱いだと思った。
「昔を偲んでここまで来るような人は、もう、誰もおらんとでしようね」という言葉が、思わず口をついて出た。しかし、木村先生は、ニッコリと笑って首を横に振った。
「そうでもなかよ。ほら、あそこに」と、私たちの背後を指差した。振り返ると、反対側のフェンスに、一人の男が寄りかかっている。