諫早湾のほとりにて

野乃あざみ・作

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四(1)

 時計を見ると、十二時半だつた。まだ時間はある。下界に戻る前に、諫早湾を山の上から見てみたい、という気になつた。少し行った所に、「いこいの村」という保養施設がある。以前、国民宿舎だったころには、行事でよく利用したが、今は民営施設になっているはずだ。大輔が、再びスマホで検索を始めた。
「どうも休館らしいよ。施設の改装のためって書いてある」
「大丈夫やろ。昔から一般に開放されとる所やから、敷地内には入れるさ」
 着いてみると、予想通り、門は開いていた。広々とした芝生を抜け、アスレチック場の芝生の上から景色を眺めることにした。
 ベンチに腰を下ろして見下ろすと、緑色の山腹の向こうに、諫早湾が見渡せる。右手には島原半島の山並み、そして、左手のはるか遠くに、天草の島影も見える。
 正面に見える諫早湾の、丁度真ん中あたりに、一本の黒い筋が見える。あれが潮受け堤防だ。その堤防の右側が淡水化された調水池で、左は海だ。堤防の内と外では、くっきりと色が違う。内側の水面は白つぽく、外はやや黒味がつた色になつている。それが何を意味するのか?近くまで行かなければ、わからない。
 私がいたころには、海岸の道路際に「千拓絶対反対!」と書かれた看板が、何枚も立っていた。昭和四十年代に持ち上がった「南総計画」が、住民らの反対で取り下げられたのに、「諌早湾千拓計画」と名を変えて再登場した。私がいたころの看板は、計画を撤回させるという意思の表明だったのだ。
 そんなことも知らずにこの路を通っていた私は、三年後にここを去った。その後、千拓の話題が世を騒がせたのは、十数年も経ってからのことだった。