諫早湾のほとりにて

野乃あざみ・作

―26-

九(5)

 鉄枠の中の炭火は白い灰がちになっていた。宴も、そろそろお開きだ。木村先生は、田所の方に向き直り、改まった調子でこう言った。
「今日は本当に有難うね。こげん、ご馳走してもろうて」そして、こう付け加えた。
「十五年前の閉校式では会われんやったけど、今日は話もできてよかった。これで、思い残すこともなか」その言葉に、田所は、ニヤニヤ笑いながら、こう答えた。
「何ね?最後の別れみたいな言い方ばして。今は、人生百年ばい。まだまだ先は長か。また、来ればよかやかね。」そして、木村先生の手をぎゆっと握りしめた。
「大阪に行っても、元気でおらんばよ」木村先生は、静かにうなづいた。
その時私は、もう一つの質問を、彼にぶつけてみたくなった。
「田所君、分校は、あんたにとって何やったて思う? あそこで過ごした時間には、どんな意味があったとかな?」いきなり聞かれた彼は、戸惑いながらも、真顔でこう言った。
「オレは勉強のできんで、授業中も、居眠りとかしよった。そいでも、大学の先生の話ば、理解できたとは、学校のおかげやったような気のする。今、こうしていろいろ考えるごとなったとも、あのころのあったけんやろう。それに、分校のヤツらとは今でもつながっとる。農家のヤツらとは、あんまり会うこともなかけど、いつかは昔のごとう肩ば組んで、一緒に酒でも飲めたらよかなあ」
 そんな日が来ることを、私も心から願った。現実は、そう甘くはないかも知れないが。