諫早湾のほとりにて

野乃あざみ・作

―24-

九(3)

「それより、あんたの奥さんや子どもの話ば聞かせんね」
 それから田所は、自分の家族について語り始めた。妻とは、佐賀漁協との懇親会で知り合ったという。今は十五才と十才の、二人の息子がいる。そんな話をする時の彼は、和やかな父親の顔になっていた。暮らしは楽ではないが、牡蠣の養殖と運送業、妻のパート収入、それらを合わせて、何とか暮らしていると言う。
「これも、死んだ親父のおかげたい。景気のよかころの漁師は、嬉野あたりに繰り出して、派手に遊びよったもんさ。そいけど、親父は、先のことば考えて、貯えば残してくれた。今の漁師は、みんな船のローンで苦労しよるが、ウチは借金のなかけん、まだましさ。そいでも、海の戻って来んとは、やっぱり悔しか。こんまま続けば、漁師はみんなおらんごとなる」
 その言葉に何と答えればいいか、私には分からなかった。木村先生は、すっと立ち上がり、後ろから、彼の肩をたたいた。
「ほんとに大変やね。そいでも、力ば落とさんで、家族のためにがんばらんばね」
 ところが、それを聞くと彼は、きっと頭を持ち上げた。
「誰が、力ば落とすって? とんでもなか!オレたちはまだ諦めとらん。て言うか、海の力ばナメたらいかん。タイラギはまだ絶滅しとらん。今も、年に一度は潜ってみよるが、底の方に小さかとの、確かに生きとる。アイツらも、潮の戻るとば待っとる。大きう育つことのできる日ば待っとる。それば見捨てて諦めるって、そがん訳にはいかん」
 意表を衝かれて立ち尽くす木村先生の前で、彼はそう言い放った。
「だいぶ前のことやけど、佐賀漁協と合同の研修会で、オレは目の覚めたとさ。その会で、魚の獲れんごとうなった原因ば、大学の先生から教えてもろうたと。今まで知らんやったけど、諫早湾は、干満差の大きかせいで、元は潮の流れの速かったとって。潮の流れにかき回されて、自然と『浄化作用』の起こりよったとってさ。そん流れの、湾ば閉め切ったせいで弱うなって、浄化のできんごとなったらしか。魚や貝の減ったとは、どう考えても、工事のせいやろって、オレは思う」