諫早湾のほとりにて

野乃あざみ・作

―22-

九(1)

 ふと見ると、少し離れた裏庭の隅に、白い貝殻の山があることに気がついた。私の視線を追った田所は、立ち上がってその一枚を拾い上げる。ラグビーボールの空気を抜いて、ペタンコに潰したらこうなる、というような楕円形の貝殻。タイラギに間違いない。
「昔はこがんとの、潜るたんびに山ほど獲れよったとにね。この料亭も、カニや海老ば食べに来る客の、引っ切り無しやった。もう、音の話やね」
 やはりそうか。最近は報道の量も減り、今の状況を知ることが、難しい。ひところは日本中が注目していたというのに‥…。
 私は、ためらいながらも、かねてからの疑問を、彼にぶつけてみた。
「あの、聞いてもよかかな?だいぶ前に「開門」判決の出たやろ。それでも堤防は閉まったままなのは、何でやろう?漁師さんたちも、あれだけ抗議活動ばしよったとに、今はどうなっとると?」
 田所は下を向いて、しばらく考え込んでいる。何を言おうか迷っているようだった。その時、木村先生が、代わりに口を開いた。
「そげん簡単にはいかんとよ。テレビや新聞の騒ぎよった時でも、地元では、干拓は必要かって言う人の方が多かったとやもん」
 そうか、外部からは測り知れない事情というものがあるのかもしれない。しかし、私は、まだ納得がいかなかった。
「でも、これだけ漁業被害の出とるとに」
 そう言うと、本村先生の表情が変わった。
「諫早大水害は知っとるね? あん時、私は中学生やった。ウチは大した被害もなかったけど、街中は本当にひどかったとよ。今は、堤防のおかげで、心配いらん。ここら辺の人は、水害の怖さば忘れとらんとよ」
 諫早市の水害対策というのは理解できる。しかし、それとこれとは話が違うのではないか?市街地から遠く離れた干拓地の排水門に、何の関係があるのだろうか?そんな私の疑問を見抜いたように、先生は説明を続けた。