諫早湾のほとりにて

野乃あざみ・作

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二(2)

 久しぶりに来てみると、どうやら様子が違う。かつての深い入り江と潮の香りが、今はなくなっている。海は、どこかへ行ってしまつた。
 最後にここを通ったのはいつだったのか、思い出そうとした。そう、あれは十五年前、分校の閉校式に参列した時のことだつた。あの時はもう既に、諫早湾が閉め切られ、湾の内部が陸地化された後だったはずだ。それなのに変化に気付かなかったのは、どういう訳だろう?きつと、閉校という一人事に、気を取られていたのだろう。
 いや、それだけではない。あの時は、湿気を含んだ地面が空き地だらけで、まだ海の名残りが感じられたのだつた。それが今では、住宅や商店の並ぶ、市街地に変わっている。どの辺までが海だったか、もう思い出せない。そんなことを考えていると、ケイタイの着信音が鳴つた。
「野島さん? 由利ちゃんよね。今、どこらへんにおる?」と、懐かしい声が言った。木村先生だ。私を子どもあつかいするのは、昔のままだ。
「先生、今の姓は佐藤ですけど」そう言うと、豪快な笑い声が返ってきた。
「ああ、そうやった、そうやつた。もう齢やねえ、忘れっぽうなってしもうて」
「もう長田の駅を過ぎたところです。十二時ごろには着きそうですけど」と言うと、
「あ、ゴメンゴメン。あたし、ちよっと遅くなりそうなの。そうね、二時に分校の跡地で待ち合わせは、どうやろか?」時間に厳しい木村先生にしては珍しい。余程、大事な用ができたのだろう、そう思いながら、念のために聞き返した。
「あの、校門とか、まだ残つてるんですか?」そう言うと、朗らかな笑い声が響く。
「ああ、そう言えばあんたは、閉校式以来やったね。校門なんか跡形もなか。そいでも、隣の神社も駅からの道も昔のまんまやから、わかるやろ」