野乃あざみ・作
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二(1)
今から四十年前、私は、諫早高校・高来分校という小さな学校に、英語教師として勤務していた。今はもう、廃校になった学校だ。今日のドライブの目的は、かつての勤務校の跡地に行くことだったのだ。
きっかけは昨年、退職教員のつどいで木村先生と会ったことだ。久しぶりの再会に話が弾み、連絡先を交換し合った。そして、一週間ほど前、突然お誘いを頂いたのだ。ご主人を亡くされて以来独り暮らしだつたのが、娘さん夫婦からの同居の申し出で、大阪に行くことになつたというのだ。そして発つ前に、一緒に分校の跡地を見に行こう、という話になったのだ。
木村先生は私より十歳くらい年上で、教科は体育。四人しかいなかつた女子職員の中で最年長の、リーダー的存在だった。初対面の挨拶に行った時にかけられた言葉は、今も、忘れない。
「ここでは、他所でできないような経験をすると思うけど、将来きっと役に立つからね」そして、まさに、その言葉通りだった。
学校のあつた高来町は、諌早市の東隣で、県内二番目の高さを誇る多良岳のふもとにある、自然に恵まれた土地だ。国鉄の駅から徒歩十五分、田んぼの中を歩いて到着した学校は、神社とみかん畑に挟まれた場所にあった。木造平屋建ての三棟が渡り廊下でつながつている校舎は、モノクロ映画「二十四の瞳」を思い出させる。今で言う「レトロ」なたたずまいの学校だった。
全校生徒百五十人余り、職員総数十五人という小規模校だった。それまで生徒数千人余りの大規模進学校にいた私には、まるで別世界だった。
車は、早くも、長田という場所に来た。かつて、諫早市と高来町の境界だつた場所だ。右手に見える不知火橋は、本明川の河口にかかる大きな橋で、これが最後の橋だった。