野乃あざみ・作
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七(2)
「しよんなかさ。今の若か人は、知らんとやもん」と、木村先生の解説が入る。
「潜水服っていう、宇宙服のごたるとば着て海に潜る漁のやり方さ。顔にかぶるマスクだけでも十キロはあるし、酸素ば送ってもらいながら、海底から貝ば獲ってくるとは、なかなか重労働なんよ」
「そんなの危険じゃないですか?事故でも起きたら」と言う大輔に、田所は、こう答えた。
「そらそうさ。ホースの外れて酸素の届かんごとなったら、死ぬ。そいだけじやなか、あんまし急いで上がったら、潜水病になる。そいでも、やりがいのある仕事やった。そこら中にタイラギの転がっとって、 一日で大金になりよった。タイラギは、言うたら悪かばってん、ホタテなんかとは比べ物にならんぐらい美味かった。」
そう言われると、私も思い出す。子どものころ、長崎市でも、鮮魚店の店先には、貝類が豊富に並んでいた。タイラギは、「貝柱」と呼ばれ、赤ん坊の握りこぶしくらいの大きさで、美味だった。アサリや揚巻きに比べて高価で、ふだんのおかずにはならなかったが、正月には欠かせない食材だった。
今では、タイラギはいなくなり、アサリも、稚貝を輸入して育てていると言う。海苔の色落ちは、今年は大丈夫なのか? そんなことを考えているうちに、目的地に着いた。