諫早湾のほとりにて

野乃あざみ・作

―17-

七(1)

 旧・高来町の東隣に、旧・小長井町はある。目的地は、車で十五分もあれば行ける距離だった。高来町が農業の盛んな土地なのに対して、小長井町は漁業の町だつた。田所の店も、小長井町にあるらしい。ハンドルを握ると、田所は口数が多くなり、助手席の本村先生との会話が弾んだ。
「どうね、久しぶりに古巣の学校に来てみた感想は?」と木村先生が言うと、
「いやあ、何にもかもなくなってしもうて、懐かしかとは思わんやった。やっぱリオレの分校の思い出は、木造校舎と保健室のキム婆、いや木村先生、やね」
「言い直さんでもよか。あんたらには、キム婆って呼ばれよったもんねえ」それを聞いていた大輔が、急にブツブツとつぶやいた。
「アレ、木村先生って、体育の先生じゃなかったんか?」それで、私が説明を加えた。
「分校は職員の少なかったけん、体育の女の先生が養護教諭の役目もしよったとよ」
「あのころの保健室には、いつでん誰かが来とって、賑やかやったな」田所が、しみじみとそう言った。「オレも、どいだけ世話になったか‥‥」
「今で言う、カウンセラーみたいなことも、しよったね」と木村先生。
「でも、あんたは、見かけによらず、よか子やったよ。煙草も喫わんやったし」
「それは、親父の厳しかったけんさ。『潜水漁ばする者に、煙草はいかん!』って」
「潜水漁って何ですか」と、初めて大輔が口を挟んだ。田所はミラー越しに後方をチラリと見て、困ったように肩をすくめる。