野乃あざみ・作
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六(3)
「ほら、こん子は分校の卒業生で、名前は田所て言うと。昭和五十八年の卒業やけん、あんたのおったころやね。この顔に見覚えはなかね?」
そう言われても心当たりがない。目の前にいるのは、日に焼けたガタイのいい中年男だ。年恰好は五十歳くらいか?いや、昭和五十八年(一九人三年)卒なら、六十に近いはずだ。田所、田所、聞いたことのある名前だと、記憶を辿っていると、男はニッと笑つて、前髪をかき上げ、両手で鬢を後ろに撫でつけた。そうだ、リーゼントが流行っていたころによく見た仕草だ。それで思い出した。授業で担当したことはなかったが、校内でひときわ目立った髪形の、あの生徒だった。
「あ、田所って、あのツッパリの?」そう言うと、男はヘヘヘっと笑った。その時、思い出したことがもう一つあった。
「そう言えばあんた、ずっと前、干拓工事の事務所に殴り込んだことがあったよね」そう言うと、相手はうつむいて、恥ずかしそうに、首元を掻いた。
「あん頃は、若かったけんね」
あれは干拓工事が始まって間もない、一九九〇年ごろだった。漁獲量の激減に腹を立てた漁民たちが集団で抗議したことが、全国に報じられたのだ。テレビの画像に、リーゼント姿の田所が映っていたことに驚いた。彼が漁師の後継者だと知ったのは、その時のことだった。
「あれから大変やったね。それで、今は?今はどうなっとると?」そう尋ねると、首を斜めに向けて、足元に目を落とした。 F
「こんな所で立ち話も何やから、オレの店に行こうや」それが、彼の返事だった。
「そうそう、こん子は今、『牡蠣焼き』の店ばしよっと。折角やから、みんなで行こう」と、木村先生も、横から勧める。
「いや、でも、お昼はさっき食べたばかりだから」と断ろうとしても、
「行こうや、行こう。『焼き牡蠣』は別腹たい!車はここに置いといて、オレのワゴンに乗らんね。そんために持ってきたとやけん」
私は大輔の方をチラリと見た。帰りが遅くなると、明日の仕事に障るのではないか?しかし彼は、何の反応も見せない。結局、強引な誘いに負けて、ついて行くことになった。