野乃あざみ・作
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六(1)
「分校跡地」までは車で五分もかからない。周囲はすっかり変わっていた。隣の神社はまだあったが、ミカン畑はなくなっている。校門の前にあった「何でも屋」も今では、その場所の、見当が付かなくなっていた。
そして、肝心の「跡地」には立派な体育館が建っている。あの石の門柱も、周囲を囲んでいた生垣も、なくなっていた。体育館横の駐車場に車を入れる。入口に、細長い鉄製のゲートが立っているが、昔の正門の位置とは、全然違っていた。つまり、学校の面影は、どこにも残っていないのだった。
最後にここを訪れたのは十五年前、閉校式の日だった。「最後の学年」三十人ほどを列席させて、儀式は執り行われた。「分校」は最後の日まで、生徒たちから必要とされていた。「不要」という判断を下したのは、行政の側だったのだ。「閉校の式典」は華やかだった。本校の校長と教頭、それに、姉妹校にあたる夜間定時制の教頭もいる。当事者である分校の教頭と併せて、四人の管理職が、壇上に並んだ。まず、本校の校長が「閉校の辞」を述べ、本校から連れてきた吹奏楽部による、校歌の演奏が行われた。それが終わると、校旗が、旗竿ごと本校の校長に手渡された。そして、一同の拍手とともに、式典は終了した。
あの日を境に、「分校」は、この地上から消え、そして十五年の歳月は、世間の多くの人々からも、その記憶を消した。
今立っている場所から、かつての敷地を思い返そうとしてみた。よく見ると、今いる駐車場は、体育館より一段低くなっている。ということは、ここが運動場だったのだろう。
当時は、校門のすぐ右手に、緩やかなカーブの上り坂があった。自動車学校のS宇コースに似ていて、そこを通るのが、楽しみだった。帰りには、ツツジの低木を回って下りる時、周りの景色もぐるりと回転する。ある日、スピードを落としそこねて、運動場まで侵入してしまい、端にあつた高鉄棒にドシンと衝突したことがあった。支柱に傷をつけてしまったが、見に来た体育の男性教師に、
「大丈夫大丈夫。こんくらい」と言われ、そのままになった。
辺りをキョロキョロと見回していると、隣の神社の方から歩いてくる人影がある。紺色のパンツスーツを着ている。目をこらして見ると、やっぱり木村先生だった。