野乃あざみ・作
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一(1)
「母さん、いいかげんにしてくれよな。有休取って帰って来いとか、こんな遠くまで運転しろとかさあ。コロナ明けで仕事が増えて、結構忙しいんだから」そんな風にぼやく大輔に向かって、私は、軽くうなずいて見せた。十一月半ばと言っても、寒さはそれほど感じない。最近は残暑が終わるのが十月半ばなので、涼しくなってホッとしたという感じだ。ドライブには、うってつけの晴天だ。
「まあ、仕方なかやろ。昔お世話になった先生の呼び出しやもん。大阪の方に行くことになって、最後にもういっぺん会いたかって言われたけんね。丁度、車ば車検に出したばっかりで、代車がオートマしかなかったとさ」
時代はとっくにオートマ車、いやそれどころか、自動運転にシフトしようとしている。そんな中でマニュアル車に固執している私は、時代に乗り遅れた化石というところか。
「そんならそれで、いい機会やん。オートマにも挑戦してみたらいいのに」
そう言われても、七十歳になる私が、オートマ車でよたよたと行動を走る様子は、想像するだけでゾッとする。免許返納した夫に頼る訳にもいかず、県外から息子を呼び寄せることになったのは、そういう理由だった。
文句を言いながらも、運転を引き受けてくれるのは有難い。ハンドルを握らなくてすむのは、楽チンだ。長崎から諫早まで、有料道路経由で三十分。早くも諫早市に到着した。長崎のすぐ隣ではあるけれど、ここしばらく訪れる機会がなく、ご無沙汰になっている。
街のたたずまいは変わったけれど、中央を流れる本明川は変わらない。四十年前、今の大輔ぐらいの齢だったころ、私は諫早に住み、隣接する高来町まで毎日通勤していた。
諫早は、河の町だ。中心部をゆうゆうと流れる本明川の周りに街がある。そんな印象だ。この河は六十年余り前に牙を剥いたことがある。大きな水害が、数百人もの犠牲者を出したのだった、水の恐怖を記憶に刻み、注意を怠らないのがこの街の特徴だろう。河岸に高い堤防が建てられ、目隠しのようになっている。河を横断する橋の上に立って、初めて水面を見ることができるのだ。