野乃あざみ・作
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五(3)
「へええ、何か、もったいなかねえ。それで、ちゃんぼんはどうなった」
「たぶん、流しにぶちまけられたやろね。丼ごと、打ち割られたかもしれん」
話している間に、早くも息子は丼を空にしている。私は、急いで残りを平らげた。
「驚いたとは、その晩アパートに戻ってからさ。だいぶ遅うなったころ、電話の鳴った。出てみたら、低い男の声で『オレの弟ば退学にするて、どげんつもりか!』って、いきなり怒鳴るとさ。事情ば説明しようてしても、ますますいきりたって、聞こうとせん。あげくは、『今からお前んとこに行くからな!』って言うけん、怖くなって電話ば切った」
「まるで脅迫電話やないか!それで、どうなったと?」
「しばらくして、今度は、教頭から電話のあった。『溝内の兄貴には、オレから話ばして、納得してもろうた。心配すんな』ってさ」
分校では、教頭は「分校長」と呼ばれ、校長に代わる、現場の最高責任者だった。民間の会社で言えば、支社長にあたる。
そんな彼は、いつも自分専用の部屋にこもっていて、会議でしか見かけなかった。いつ見ても眠そうな顔をしているので、私の中では、「ご隠居さん」というイメージだった。直接電話、というのにも驚いたが、その対応の速さには感心した。
「人は見かけによらぬもの」というのは本当だった。どうして彼が乗り出したのかは不明だったが、恐らく彼も、溝内の「兄」の電話を受けたのだろう。それで、「会議」決定は、個人の判断では覆せないことを伝えたのだろうと思う。
それにしても、なぜ、「兄」の存在に気づかなかったのか?溝内は、母と二人暮らしだと思っていたが、成人して別居していたのだろう。あの日、母親から相談を受けたということは、父親代わりの役目をしていたのかもしれない。それならば、「弟」の非行をやめさせ、学校をつづけさせてくれればよかったのに‥‥後から考えると、いろいろと悔いの残る一件だった。
そんなことを考えていると、いきなり息子が言った。
「でもさあ、二十代の駆け出しの教員に、そがん難しか仕事ばさせるもんやね。最初から、責任者が行っとけばよかったんやないか」
「仕方なか。そういう時もある。って言うか、大変か仕事ほど一番下の者に回すって、どこの世界でもアルアルやないかな」
そう言うと、大輔は、考え込みながら、小さくうなずいた。彼も三度の転職を経て、今の会社に勤めて三年目。いろいろ大変なこともあるのだろう。仕事の話は一切しないが、あのころの私と、あまり変わらない立場なのだろう。
ともあれ、初めて食べた「かわづや」のちゃんぽんは、想像以上においしかった。ただ、貝類が一つも入っていないことに気がついた。ちやんぽんと言えば、豊富な魚介類を具に入れるのが常識だ。春夏はアサリ、秋から冬にかけては牡蠣が入るのが定番だが、それがないのはどうしてか?ふと疑間に思った。
待ち合わせの時間も近づいた。勘定をすませ、店を出ることにした。