野乃あざみ・作
―12-
五(2)
「昔のことやけん、はっきり覚えとらん。そいでも、会議の席でいろいろ出てきて、驚いたことは覚えとる。教師に従わん、授業の邪魔ばするっていうとも、確かあったかな」
「今はそんなヤツ、どこにもおらんよ。教師に逆らっても、自分に不利になるだけやん。そげんバカみたいなことは、誰もせん」
「時代の違いやね。あのころは校内暴力も多かった。学校側も、他人に迷惑かける行為には厳しく、ていうとが常識やった。分校も、その点では同じやった」
「それが、どうしてちゃんぽんと関係のあると?」
「退学処分ば伝えに、家に行ったと。そしたら、母親が、ちやんぼんの出前ば取ってくれとった。そいでも、食べるわけにはいかんかった。」
「どうしてさ?折角、取ってくれたとに、失礼やないか」
「そういう訳にはいかん。公立学校の教員は公務員やろ?公務員は、飲食や贈り物の受け取ることは禁じられとる。まして、退学ば勧めに行った時には、絶対にありえん」
「そういうもんかね?ようわからんけど」
「そういうもんさ。向こうも接待ていうつもりはなかったと思うよ。前もって用件ば伝えとらんやったけん、何の用事かて思うたとやろ。息子が世話になっとるっていう感謝の気持ちば表したかったとかもしれん。そいでも、それば受ける訳にはいかんかった。一緒に来た副担任は年上の男性で、生徒指導主任でもあったけど、転勤して来たばかりで、事情がようわからん。そいで、私が何もかも説明せんばいかんやった。職員会議で『退学』の決まったことば言うて、書類ば渡して、後は三人で頭ば下げるだけやった。正座して母親と向かい合うて、頭ば深う下げとった。どれだけ時間の経ったやろうか?その間にもちゃんぼんはどんど
ん冷めていく。相手の好意ば無駄にするとは幸かったけど、そいでも、手ばつける訳にはいかんやった」